ギリシア神話の最大の英雄を祀る神殿だけあって、神殿の壁には、いかめしい武器や防具が掲げられている。ヘラクレスの得物(えもの)として著名な棍棒も、もちろん飾ってあった。

テーバイ人は、ヘラクレスのシンボルとも言える棍棒を国家のシンボルにしていたので、壁に掲げられた大盾にも棍棒が描かれている。生命を守るための大切な防具に大英雄の得物を描き、「武運あれかし」とヘラクレスの加護を祈るのだ。

「ヘラクレスにあやかって、我々も裏切り者とスパルタの総監どもを退治し、テーバイを救うぞ」

「おう!」

十二名の若者たちは、聖なる英雄の前で力闘を誓い、神殿内で農夫の格好に着替えると、人目(ひとめ)につかぬよう、数人に分かれ、別々に町への潜入を開始した。ペロピダスの予測したとおり、雪のちらつくテーバイの町なかは人出(ひとで)もなく、同志たちは首尾よく市内に忍び込むと、同志カロンの家で合流する。カロンは仲間たちを迎えると、

「手はずは、すべて整えてある」

張りつめた声で、ことは計画通りに進んでいると打ち明けた。合流した同志たちは、ペロピダス、カロン、メロン、ケフィソドロス、メネクレイダスなど四十八名にのぼった。

「討ち果たすべき裏切り者は、四名。レオンティアデス、アルキアス、フィリッポス、それに、ヒュパテスだ」

レオンティアデスをはじめとする四名は寡頭派の頭目たちで、三年前、スパルタに寝返って民主派を粛清して以来、カドメイアに駐留するスパルタ軍の武力を背景にテーバイを牛耳っていた。

館の主(あるじ)カロンが、滔々(とうとう)とした声で言い放つ。

「われらの同志フィリダスは、うまくやつらの懐(ふところ)にもぐり込んだ。アルキアスの秘書になって、信任を得ている」

カロンは、同志のひとりフィリダスの動向を告げた。

「今宵、フィリダスは、アルキアスとフィリッポスを宴席に招待している。連中を泥酔させて我々の討ち入りの手助けをする段取りだが、レオンティアデスとヒュパテスは誘いに乗らなかった。ふたりは自分の屋敷で休んでいる」

 

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