【前回の記事を読む】カドメイアに響く女たちの悲鳴。――こうしてテーバイは一夜にしてスパルタに占領された
第一章 テーバイの解放
「かつてアテネのトラシュブロスはテーバイから出撃し、見事に故国を解放した。きみたちは、なにゆえ、ためらい、恐れるのか? 我々もトラシュブロスの義挙にならい、アテネからテーバイに旅立ち、故郷を解放しようではないか!」
そう言っては仲間の亡命者たちを熱心に説いてまわり、ついに、故国の解放のため、同志たちを決起させたのであった。
まずは若い同志数名が先発隊として夜のうちにテーバイ市内に潜入し、国内の同志たちとともに売国奴どもを暗殺し、翌朝、残りの同志が入城して、総力を挙げてスパルタの駐屯軍と対決する手はずになった。
計画に従ってペロピダス、メロン、テオポンポス、メネクレイダスら十二名の若者が先発隊となり、怪しまれぬよう猟師に変装し、一路、故郷テーバイを目ざしたのであった。
アテネを出立後、若者たちは、赤ん坊だったオイディプス王が捨てられたことで有名なキタイロン山を北に越え、ボイオティア地方に入る。そしていま、故郷のアクロポリス・カドメイアを望み、勇気を奮い立たせたのであった。ただ、このときカドメイアの上空を鉛色の厚い雲が重苦しく覆っている姿を目にしたので、
「暗澹(あんたん)とした空を見ると気が滅入(めい)る。おまけに雪まで降り出した。ついてないな」
落胆の声を、弱々しいため息とともに、つい吐き出してしまう。だが、同志たちの心が重く沈みかけたそのとき、
「いや! ついていないとも言えんぞ!」
勇ましい声を張りあげたのは、やはりペロピダスであった。
「こう寒いと、町なかも人気(ひとけ)がなくなるだろう。我々も潜入しやすくなる。これこそ天の祐(たす)けだ。そう思わないか?」
ペロピダスの凛とした声に、挫(くじ)けかけた同志たちの心も奮いたち、故郷目ざして一同は歩度をあげた。
ボイオティアの中央に位置する四方八達の町にふさわしく、テーバイの城壁には東西南北に計七つの門が備わり、七門には、テーバイの伝説上の王アンフィオンの七人の王女たちの名がそれぞれ付けられていた。
アテネのあるアッティカ地方に面した南東の門は、王女エレクトラにちなんでエレクトラ門と呼ばれ、その傍(かたわ)らにヘラクレス神殿が建っている。ギリシア一の英雄ヘラクレスは、テーバイで誕生した。それゆえテーバイにはヘラクレスを祀(まつ)る神殿があり、ヘラクレスに関する祭典も盛んなのであった。
「テーバイの町に入る前に、無双の英雄ヘラクレスに武運を祈ってゆこうではないか」
ペロピダスが提案すると、全員が即座に賛同した。神殿に入ると、ヘラクレスの勇壮な大理石像が彼らを迎えてくれた。大英雄は右手に巨大な棍棒をかざし、獰猛(どうもう)なライオンを組み伏せている。
「いつ見ても、惚れ惚れするな」
同志たちは、感嘆のため息とともにヘラクレス像に見入った。