「何で君は辞めると言ったのだ」

「いや、辞めるつもりで頑張ります、と言ったつもりです。覚悟のほどを言ったつもりですが……」

「いや、誤解を受けるな。浮足立っている者もいるように思った。社長の話されているのを聞いている者の3分の1は下を見たままだった。どうせ常務は辞めるのだ。早いうちに俺たちも辞めよう、と思うようになるよ」

「俺も辞めるという言葉は聞きたくなかったなぁ。残念だった」    

松葉も同意するように言った。

すると、仙田は竹之下の考えが足りないと言わんばかりに厳しい口調で言った。

「辞める、はここでは禁句だよ。みんなで一致団結していこうという時に。民事再生の新聞記事が出た日の集会で、『おい! やるぞ』と、拳を突き出して船山工場長が叫んだよな。あれだよ! あれ。工場はあれで一遍にまとまったよ」

「すみません、以後気を付けます。機会を見ては、俺は辞めない、と言います」とピョコンと頭を下げた。

「それでいい、そうしてくれ」

松葉は、竹之下を慰めるように言った。「言い訳を言わない、素直なところは竹之下の良いところだ」と付け加えた。そして仙田に話し掛けた。

「専務が言いましたように3分の1は、本当に下を見たままでしたね。多分辞める方向に傾いているのでしょう。3分の1は目がランランと輝いていました。彼らが、今後の松葉工業の担い手となってくれるでしょう。殆ど社歴の長いものでした。

あとの3分の1は、空に見入ってまどろんでいるようでした。また、虚ろな目つきでぼんやりと前を見ているだけの者もいましたね。将来を自分では決め切れない者たちですね。誰かが一緒になって考えてあげなければならないと思います」

松葉は、そう言いながら部署によって相当温度差がありそうだと感じた。

「彼らの相談に乗ってあげるのが、社長、私たちの仕事です。任せて下さい」と仙田が心強いことを言った。