金の延べ棒
林さんはタカシ先生の往診患者さんです。糖尿病とアルツハイマー型認知症で治療を受けているおばあさんです。認知症のためインスリン注射が一人でできず、住み込みのヘルパーさんに注射を手伝ってもらっています。タカシ先生は2週間に1回、服部を連れて林さん宅に往診に出かけます。
亡くなったご主人が社長だったので、林さんの自宅は豪邸です。息子さんが会社を継ぎ、大阪で家族と暮らしています。そのため、今は広い家に住み込みのヘルパーと二人で暮らしています。
往診に行くと、林さんはいつもホームこたつに入って、タカシ先生を待っています。何を聞いてもほとんど答えられないため、タカシ先生はヘルパーさんと大事な話をする事になります。
自己血糖の数字や、その日の血糖値などを確認してから内服薬の確認、インスリン量の変更、食事内容など話して往診を終えます。帰りにタカシ先生は、
「林さんのヘルパーさん、しっかりして頼もしいね」
「ウーン、でもなんかしっかりしすぎておかしい感じもしますね。林さんに何も語らせようとしませんしね」
「認知症だから、代わりに大事な事を話そうとしているのじゃないの」
「でもこの前ヘルパーさんがいない時、林さんと話したら毎日お腹がすくとか、私や先生の名前ちゃんと言えていましたよ」
「えー、本当。全くの認知症だと思ったけど少し様子が違うね」
「ヘルパーさんは、私達が林さんと話すのが嫌なんじゃないですか」
「うーん、そうかなあ」
服部はある日、新聞の記事を見てびっくりしました。林さん宅のヘルパーさんが、金庫に入れてあった金の延べ棒を盗み警察に逮捕されていた、と書いてあります。金の延べ棒は金庫だけでなく押し入れなどにも置いてあったようです。
タカシ先生は真顔で、
「そんなにお金があるのだったら、もっと往診料もらっておけばよかった……」
「あのー先生。水戸黄門の悪徳代官みたいですよ」
「ハハハ、でも人ってわからないね」