「お腹の中に赤ちゃんがいるんだって?」
「ええ、隠していたわけじゃないのよ。四日前に産婦人科に行ってわかったの。誕生日と出版記念を兼ねての食事会のときに、サプライズで言おうと思って」
「そうか」
「ごめんなさい」
「謝ることないよ。それより大丈夫? オレの両親が死んだこと、もう聞いたんだろう?」
「ええ。私がそばにいたのに」
琴音の両目に涙が溜まっていた。
「仕方ないよ。琴音のせいじゃない。父さんだってちゃんと運転していたんだから。対向車を運転していたヤツが突っ込んできたそうだよ。相手も死んでしまった」
「そうなの?」
「ああ、とにかくゆっくり休んで、早く治してくれ。赤ちゃんのためにもね」サトルはハンカチで琴音の涙を拭き取りながら言った。
両親の葬儀は親族のみでささやかに行われた。通夜の夜、サトルは一人ふたつの棺の前に座っていた。
「親父。おふくろ。ちゃんと謝ろうと思っていて、結局謝らないでこんなことになっちゃったね。今まで本当に迷惑ばかりかけてごめん。今までありがとう。本当は直接言いたかった」
サトルは棺に顔を伏せて号泣した。
「孫の顔も見せられなかったね。琴音のお腹の中に赤ちゃんがいるんだよ。琴音はあの日、二人にも伝えるつもりだったんだよ。親不孝な息子でごめんね。これから恩返しがしたかったのにね」
真っ赤な目で両親の顔を順に見ながら、サトルは聞いた。
「でも、オレは小ちゃかったときのことが知りたかった。なんで教えてくれなかったの? もう知ることもできないんだね」
サトルはその日一人、棺の前で眠った。
次回更新は9月6日(土)、18時の予定です。
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