【前回の記事を読む】通夜の夜、ふたつの棺の前で謝り続けた。両親の亡骸を順に見ながら、「なんで教えてくれなかったの?」
湖の記憶
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「鑑定結果が出ました」
山口から電話がかかってきたのは、再鑑定を依頼してから二か月が過ぎた火曜日だった。サトルは写真館を妻に任せて、すぐに研究室へ向かった。
谷口教授と山口が待っていた。
「どうでしたか?」
サトルが勢いこんで聞いた。
「まあ、おかけください」
谷口教授が落ち着いた声で言った。
サトルが座るとすぐに、谷口教授はしゃべり出した。「まず質問があります。あなたにご兄弟はいませんか?」
「いいえ、いません。どうしてですか?」
「あなたの検体とあなたが持ってきた骨の遺伝子はほぼ一致しています。ただし、違う点もあるのです。この場合に考えられるのは兄弟のもの、特にここまで遺伝子が一致するのは一卵性双生児だからとしか考えられません」
「最初の鑑定では同じだと言ってましたが?」
「一般的な鑑定では一致するという結果が出ました。しかし今回、より精密な鑑定をした結果、別人のものだとわかりました。ただこれほど遺伝子が一致する確率は、赤の他人ではほぼゼロパーセントと言えるのではないかと思います。ご両親や兄弟でもここまで一致する例は聞いたことがありません」
「だから、あの骨は一卵性双生児のものだったって言うわけですね?」
「少し前までは一卵性双生児の場合、遺伝子は完全に一致すると考えられてきました。
だいぶ前の話ですが、アメリカである殺人事件が発生したとき、犯人として逮捕されたのは一卵性双生児の兄のほうだったのですが、DNA鑑定の結果、兄弟がまったく同じ遺伝子だったために、どちらが犯人か特定できずに無罪になったという話を聞いたことがあります。
しかし、近年になって一卵性双生児の間でも違う遺伝子があることが確認されたのです。つまり一卵性双生児の場合、ほとんどの遺伝子は同じというわけで、前回の鑑定ではその違いがはっきり見つからなかったのです」
「でも、オレには一卵性双生児どころか、兄弟姉妹はいませんよ」
「あなたが知らないだけで、生まれたとき一卵性双生児だったということはないですか?」
「確かにオレは小さい頃の記憶がないから知らないだけなのかもしれません。でも、両親が亡くなった今、それを確かめる術がありません」
「ご親戚はいかがですか?」
「実は父と母は駆け落ちして結婚したそうで、親も含めて親戚関係は絶っていたと聞いています」
「そうですか? それでは調べようがありませんか? できればご親族に当たってもらって、調べていただけたらとお願いしたいのですが。戸籍を当たるなりできないですか?」
「考えてみます」
サトルはそう言って、研究室を出た。