【前回の記事を読む】兄弟はいないのに?…DNA鑑定の結果、幼児の遺骨とほぼ一致。ここまで遺伝子が一致するのは双子だけらしい。

湖の記憶

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「それにしても大きくなられましたなあ」感心するように住職は言った。

「でも、面影はあります」

「前に会ったことがあるんですね? オレにはまったく記憶がないんですが」

「そうですね。あなたはあの事故で記憶喪失になりましたから」

「記憶喪失?」

「えっ、ご両親から聞いていないのですか?」

「両親は二か月前に亡くなりました」

「そうですか。それはご愁傷様です。ご病気か何かですか?」

「いいえ。交通事故でした。対向車が車線をはみ出して、正面衝突したんです」

「それはお気の毒さまです。ご両親は記憶を失ったことを話さなかったんですね?」「ええ。オレには幼少期の記憶がありません」

「どうしてここがわかったんですか?」

「ただの偶然です。今オレはカメラマンをやっていて、日本中の湖を撮影しています。ここにも写真を撮りに来たんですが、初めて来た湖のはずなのに来たことがあると感じたんです」

住職はうなずきながら、真剣に聞いていた。

「それは小学生の頃に毎日見ていた夢の中の景色でした。だからオレは湖のまわりを調べてみました。そこで偶然このお寺に入り、自分の名前の墓を見つけたわけです」

「それはそれは。驚かれたでしょう」

「大変申し訳ないんですが、オレは墓を掘って骨の一部を持って帰りました」住職は少し顔をしかめたが、すぐに元の優しい表情になって言った。

「まあ、それも仕方ないことですかな。事情は私も知っていますから」

「本当に申し訳ありません。最初からご住職を訪ねれば良かったんですが、動揺していてそんな簡単なことも思いつかなかった」住職はうんうんと首を縦に振った。

「DNA鑑定をしてもらいました。その結果は同一ではないが、ほとんど遺伝子が一致していて、一卵性双生児だとしか考えられないそうです」「さあ、冷めないうちにお茶をどうぞ」

住職に言われ、サトルは湯呑み茶碗を手にした。

「ご事情はわかりました。あなたは自分の過去を知りたいのですね?」

「はい、そうです」

サトルはうなずいた。

「どんなことがあったか知りたいんです」

「わかりました。まあ、もう充分話してもいい大人になられたわけですから。それにご両親も亡くなられたことなので、ここで何があったかお話ししましょう。その前に、ちょっと待っててくださいね」