6
もともと自殺を考えていた美春にとって、達也と会えること、そして子供を作るチャンスがもらえることは非常にありがたいことだった。しかし、死に対する恐怖はあったし、生の世界を簡単に捨てられるとも思えなかった。
何と言っても両親や兄がいる。これまで心配をかけてしまったのだから、これ以上身内を悲しませるわけにはいかない。
美春は睡眠導入剤を飲んでも寝つけなくなった。気持ちは生と死のあいだをシーソーのように揺れ動いた。心療内科で強めの睡眠導入剤に替えてもらったが、効いたのは最初の一週間だけで、不眠症はすぐに再発した。週三日間の会社も休みがちになった。
「ねえ、大丈夫?」
沙也加からすぐに電話が来た。
「また眠れなくなって、いつもボーッとした感じ。何をする気力もないの」
「寝なきゃ駄目だよ。せっかく治りかけてたんだから」
「うん。それはわかってるんだけど、寝ようとするといろんなこと考えちゃって眠れないの。お薬も強いのに替えてもらったんだけど」
「そうだ。今日、美春のうちに行こうか。一泊するから。気分転換にもなるでしょ」
「悪いわ。病人の付き添いなんかさせちゃ」
「いいのよ。彼氏もいないし、暇を持て余しているんだから。外泊なんて久しぶりだし」
「相手が女性で残念ね」
「そんな冗談が言えるなら、まだ安心だね。とにかく今日会社終わったら行くから」
「ありがとう。後で何かお礼するから」
「そんなことは考えないでいいから。七時半には行けるから。じゃあね」
「ありがとう」
沙也加はスーパーの袋を両手に抱えて、七時二十分に美春の部屋に着いた。
「栄養のつくもの買ってきたから」
「ほんとにありがとう」
「今すぐ作るから待っててね」
沙也加は準備よくエプロンまで持ってきていた。
「今日のメニューはにんにくたっぷりのステーキだから。とは言ってもポークだけどね。給料日前だから牛肉は買えなかったの。ごめんね」
「大丈夫よ。給料が少ないのは知っているから」
「憎たらしいこと言うね。せっかく作ってあげるのに」
「ごめん。でも楽しみ」
次回更新は8月28日(木)、18時の予定です。
【イチオシ記事】妻の親友の執拗な誘いを断れず、ずるずる肉体関係に。「浮気相手と後腐れなく別れたい」と、電話をかけた先は…
【注目記事】何故、妹の夫に体を許してしまったのだろう。ただ、妹の夫であるというだけで、あの人が手放しで褒めた人というだけで…