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事務室に通されると、スーツ姿の若い人物が椅子から立ち上がって挨拶した。
「本日はわざわざお出でいただき、ありがとうございます。私は厚生労働省特殊業務部の杉原と申します」
「はじめまして、早川美春です」
「さあ、どうぞ。おかけください」
美春はソファに腰かけた。
事務員がお茶を置いて、事務室を出ていった。
杉原がゆっくりと話し始めた。
「あなたもいろいろと質問があると思いますが、まずはこちらの質問にお答えください」
美春はうなずいた。
「あなたはまだ生きていらっしゃる。それなのに、どうしてあのバスが見えるのですか?」
「どういう意味ですか?」
「実はあのバスは死者の国から来たバスなのです。だから、生きている人間には見えるはずもなく、ましてや乗車することもできないはずなのです」美春にはその答えの意味もわからなかった。
「私には普通に見えましたし、乗ることができました。それに私は生きています。だから、なぜ見えるかと聞かれましても、私にはわかりません」
「何か持病をお持ちですか?」
「はい、今うつ病の治療をしています」
「お答えいただけるならで結構ですが、うつ病の原因を教えていただけますか?」
美春は夫を交通事故で失くし、ショックで赤ちゃんを流産してしまったことを話した。
「なるほど。今までになかったことですが、それがバスの見える理由になるかもしれませんね」
「どういう意味ですか?」
「あなたは自殺を考えたことはありますか?」
「夫の事故以来、毎日のように考えていますが」
「あなたの望みはなんですか?」
「もちろん夫と子供を返してほしい。それだけが私の望みです」
「もし、あなたが旦那様に会えて、もう一度妊娠できるとしたら、あなたは死を選びますか?」
「もしそんなことができるのならば死んでもいいと思っています」
「わかりました。ところで、最初に一言言っておかなければいけないことがあります。この施設は日本政府が極秘に進めているあるプロジェクトのためのものです。だから今日のことは絶対に誰にも話さないでください」
「わかりました。絶対に言いません」
「よろしい。それでは、まずはこの施設の説明をいたします。その後は院内を案内します」
杉原はひとつ咳をしてから話し始めた。
「日本の直近の課題として、少子高齢化があるということはご承知でしょう」
「はい、知っています」
「今回ある実験が成功しました。死者を呼び起こす実験です。あなたが乗られたバスの乗客はみんな一度死んだ人たちです」
「それが少子高齢化とどうつながるのですか? 死者を生かして働かせようというのですか?」
「いいえ、違います。今回の実験の一番の目的は死者に子供を生んでもらうことにあります」
「だから若い人たちばかりバスに乗っていたんですね」
「あなたは頭のいい方だ。非常に理解が早い。この施設では毎日若い男女にセックスをしてもらっています」
次回更新は8月27日(水)、18時の予定です。
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