「お兄ちゃんも千尋さんとの交際は、はじめ家族にも内緒だったものだから、あの女はフリーだと勘違いして、とうとうその勢いに乗せられちゃって……」
真琴は悔しそうに話す。
「それでつきあうことになった……?」
「でもつきあうっていっても、何度か仕事の相談に乗っただけなのよ! それがあの女はすでに恋人きどりで……」
真琴は必死に弁解している。隣で聞いている千尋も少しうつむき加減だ。
つまりふたりには、多少は仕事以上のつきあいがあったらしい……。
あずみも男女の関係には疎(うと)いほうだが、真琴が誤魔化す理由は理解できた。
「それで……今回のけがの原因は何だったの?」
「そこなのよ!」
真琴はさらに語気を強めて話し出した。
「お兄ちゃんが千尋さんとつきあっているのを知らないものだから、あの女はお兄ちゃんと恋人同士のつもりでいたのだけど……」
「うん」
「とうとう、それがママにばれちゃって……」
真琴は言いにくそうに顔をしかめる。やはり今回のことは母親には内緒だったのだ。
「ママの前でお兄ちゃんと結婚の約束をしています、なんて衝撃発言をしたものだから、ママはどういうことかとお兄ちゃんに問い質(ただ)したの」
「ふたりは本当に結婚の約束をしていたの?」
「そんなわけないじゃない!」
真琴の声が一段と大きくなった。
「あの女の勘違いよ! 勘違い!」
「そう……」
「それでその花音って女は、仕事中にもかかわらず煮え切らないお兄ちゃんに我慢できなくなって、行動に出たのよ! カッターを持ちだして、お兄ちゃんを脅すようなことを言って、結婚を迫ったに違いないわ!」
真琴は完全に憤っている。
「実際、そのときのふたりの様子を見ていた人がいたの?」
あずみは冷静になって尋ねる。