【前回の記事を読む】「さっき、お兄ちゃんが病院に運ばれたの」カッターを振り回し、自殺すると叫ぶ会社の秘書女に切りつけられ…
1 ある事件
彼女を採用するにあたっては、古い考えの経営陣の意向が大きい。隼人の個人的な意見はあまり採用されなかった。経営陣としては、もともと女性秘書などお飾り程度でいいと思っていた。海外出張のときに通訳さえしてもらえれば、あとは男性秘書がほかにもいる。男性秘書は業務面でも重要な仕事をサポートできる。女性秘書はいわゆるおまけだった。
隼人はそのような古い考えには批判的だった。しかし、女性でも優秀な仕事はできると反論できるほど、古い経営陣に対してまだ発言権を持ってはいない。今は社長代行として業務を引き継いでいる最中だった。
そんな中、採用された上原花音は、語学は堪能だったが、秘書として有能かといえば、少し違った。前任の笹野ゆりに比べれば、やはりまだ幼い部分があった。確かに顔立ちは可愛らしい。お嬢様っぽい服装を好み、昔でいえば、いわゆるぶりっこタイプだ(今でいえば、あざといというのだろうか)。
語学も堪能で物怖じしない性格だから、外国人とも打ち解けて話ができると受けはよかった。だから、通訳として社長のそばでにこにこしていればそれで十分といえなくもなかった。重要な業務面では、あとは男性秘書たちがサポートしてくれる……。
ところが……。入社して一か月が過ぎた頃、彼女は本性を発揮した。
「狩り」である。
何を狩るかって? そりゃ、玉の輿に乗るための男を「狩る」のだ。
少し言い方が露骨すぎるが、真琴は本当にそう表現した。
そしてその標的が、まさに櫻井隼人だった……。
「狩るってもんじゃないのよ。もうストーカーよ。ストーカー!」
真琴もだんだん話し方がエスカレートしてくる。
「ということは……あの、お兄さんに言い寄ってきたってこと?」
「そうなのよ! すでにお兄ちゃんには恋人がいたのに、それが何かって感じで、家まで押し掛けてきて大変だったんだから」
「そう……」