毎年十二月七日は聖アンブロージオのお祭りの日で、教会前の広場には夜店が出る。クリスマスの飾り、手作りのアクセサリーや帽子、シチリア産のドライフルーツや駄菓子、バットマンやスパイダーマンのお面、売っているものは日本の夜店と大同小異だ。

この日はまたスカラ座の初日でもある。でもスカラ座の初日の切符を手に入れることは、私のような無名の音楽学生にはまず無理である。この日は北イタリア中の紳士淑女が着飾って劇場に現れる日なのだ。

アンナ先生はスカラ座の冬のシーズンにヴェルディの『仮面舞踏会』の主役、アメリアを歌ったことがある。その時先生は三十代初め、かれこれ四十年前の話である。演出はフランコ・ゼフィレッリだった。暗い海辺の光景が続いたかと思うと、華やかな列柱が現れ、突如宮廷の仮面舞踏会の場面になる。観客はどっとどよめき、圧倒される。

「でも本当はあれはゼフレッリの演出ではないのよ。あの仕掛けを考案したのはスウェーデン王、グスタフ三世(在位一七七一~一七九二)だった。芝居マニアだったグスタフ王は、ストックホルム郊外のドロットニングホルム宮殿にオペラ劇場を建てたの。そしてそこで毎晩のように演劇やオペラに明け暮れたというわ。彼が主催した仮面舞踏会に、政敵の貴族の青年が忍び込んで王を暗殺したのよ」

私はアンナ先生主演のDVDは持っているが、そんな事件を全く知らなかった。

「それに人妻の不倫が絡んでいるのもフィクションなのよ。だってグスタフ王はホモセクシュアルだったというから」

事実はオペラよりも余程ドラマチックだ。先生にそのスウェーデンの城に行ったのか聞くと、先生は首を振って行っていないと言った。オペラの世界の中だけでも私の知らないことは一杯ある。

 

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