ホテルで春の高校野球ネット観戦
メキシコ料理とコロナビール、テキーラを堪能したあと、諭は父とこっそりホテルの部屋に帰還する。明日香と子どもたちは熟睡中だ。
マイアミ時間三月二十一日未明、日本では三月二十一日午後。甲子園では春の選抜高校野球大会の真っ最中だった。その日、母校の慶応義塾高校と仙台育英高校の緒戦があった。同じ慶応高校野球部OBである二人は、さっそくネットの映像に見入る。
試合は好投手の投げ合いで九回を終わって一対一。この大会から導入された初のタイブレーク、延長戦にもつれ込む。結果、一対二のサヨナラ負け。
手にしたコロナビールの味が急にほろ苦くなる。「いい試合だった」「残念だけど夏に向けてリベンジしてほしいね。今日の村上のように」
明日のWBC決勝では大谷翔平とマイク・トラウトというスーパースター夢の対決を目撃したい。胖と諭はそんなことをほろ酔い加減で語らいながら夢路につく。
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諭の祖父母の世代が十万億土から子孫の行状を眺めている。百年の光陰を融通無碍(ゆうずうむげ)に行き来する二人。諭の母方の祖父・草壁俊英 (としひで)と、父方の大伯母・佐多松子が天に浮かぶ太陽と月の視点から俯瞰している。
俊英「大谷は二〇二四年ドジャーズに移って、いきなり五十四本塁打・五十九盗塁という途方もない記録を打ち立てた。そして村上は日本を代表する若き主砲に育ったな」
松子「村上が地獄から天国に羽ばたいたみたいに、二〇二四年夏のパリ五輪でも若きアスリートたちが世界に飛翔したわね。予選は不調だったエース橋本大輝が男子体操の団体戦最終種目の鉄棒で大技を決めた。絶望の淵から大逆転して金色に輝く。
チームでつないで、土壇場まで決して諦めない。彼らは世界に勇気と感動をもたらした。それから、あの、車輪をつけた俎板(まないた)のようなものに乗っかって滑っていく……何て言いましたっけ?」
俊英「ああ、スケートボードだね。俺たち大正世代から見ると、いやはや奇天烈な種目だ。堀米雄斗(ほりごめゆうと)が最終滑走で奇跡の雄飛を決め、大差をひっくり返して二連覇を果たした」
松子「見ていられないぐらいの悲劇もありました。柔道で金メダルの大本命だった阿部詩(うた)がまさかの二回戦敗退。まるで歌舞伎の千両役者が、舞台で大見えを切ろうとしたら、突然緞帳(どんちょう)が下りてきたみたい。慟哭(どうこく)する彼女にアリーナ中の観客から『UTA!』『UTA!』の大合唱が巻き起こった。四面楚歌(しめんそか)ならぬ、激励といたわりの『四面詩歌(うたコール)』には感動したわ」
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