松原は用意していたと思われる言葉を言い切ると、右手を差し出して頭を下げている。イケちゃんは予想外の展開にビビっているが、テレビで見たことがある光景を目の前にして不思議な高揚感(こうようかん)に包まれていた。
リベンジとか友達というワードが、イケちゃんの思考回路に刺激を与えている。彼が差し出した手をつかむとどうなるの? ……それはつまり付き合うってことなの? ……友達って言ってたけど、彼女になるのが前提なの? ……私はどうしたらいいのよ……という具合に何もせずに固まっている。
「ねえ、ナギ。どうするの……いつまで考えてるの?」
「ナギちゃん、深呼吸したら?」
タマちゃんに言われて、イケちゃんは大きく深呼吸をする。そして松原の手を握らずに言った。
「松原君って独身なの?」
イケちゃんの言葉を聞いた松原は、顔を上げて呆気(あっけ)にとられた表情をしている。
「ナギ、アンタ何を言ってるの?」
「ナギちゃん、変だよ、大丈夫?」
「あのう、僕は独身ですよ。結婚したこともありません!」
イケちゃんは、みんなの顔を見ながら話し出す。
「そう、独身なのね。つまり不倫(ふりん)相手とか愛人になれってことじゃないのね」
予想外のことを聞かされて、杏子たちも呆(あき)れ顔だ。
「ねえ、ナギちゃん。友達になってあげれば……」
「松原君はリベンジって言ってたから、実質的には交際したいってことだよ」
タマちゃんや杏子から言われっぱなしだが、イケちゃんとしては即答したくはないのだ。
松原は何か言いたそうだが、シャンパングラスをじっと見て何も言わない。重苦しい空気の中、イケちゃんがつぶやくように言った。
「10年以上も経っているのに……どうして私なの?」
その言葉を聞いて、松原よりも杏子とタマちゃんのほうが関心を示している。