「美春、おはよう」
後ろから同期の秋山沙也加の声がした。
「おはよう」
美春は振り向きながら、それに答えた。
「今日も暑いね」
「本当。夏本番になったらどうなるんだろう?」
「早く冷房の利いた事務所に入りたーい」
「でも、走る気にもならないね」二人は木陰を選んで歩いた。ときどきドライヤーを浴びせられたような熱風が吹く。
「でも今日、バスの中がすごく寒かったんだよね。まるで冷凍庫にいるみたいだった」
「それはやりすぎね。寒暖差はお肌の敵だよ」
「うん。でもそれだけじゃないの」
美春はバスの中で見た不思議な光景を沙也加に話した。
「なんか気味悪いね。幽霊バスにでも乗ったんじゃないの?」
「何よ、幽霊バスって?」
「だって、美春の話を聞いていると乗客はみんな幽霊みたいじゃない」
「でも、行き先は市立病院よ。ただの病気だよ」
「市立病院は閉鎖になったはずだよ」
「えっ、知らなかった。でもバスには確か市立病院前って書いてあったよ」
「バス会社が追いついてないんだよ、きっと。明日も同じバスに乗ってみなよ。明日会社休みでしょ? 終点まで行ってみるの。もしかしたらお墓に着くかもしれないよ」
「やだー、気持ち悪いこと言わないでよ。バスに乗れなくなっちゃうじゃない」
「暑いときには怪談話が定番じゃん」
「涼しい程度の話だったらちょうどいいけど、寒い話は勘弁してほしいよ」
二人は外壁がガラス張りの大きなビルに入り、エレベーターを待つ人の群れに加わった。
「おはようございます」
部屋に入ると、課長から声がかかった。
「調子はどう?」
「はい、とりあえずは大丈夫みたいです」
「そうか。まあ、ああいうことがあった後だから、あまり無理はしないように。病を治すことを最優先してください」
「はい、ありがとうございます」
早川美春が自分の席に着こうとすると、何人かの視線が追いかけてくるのがわかった。
次回更新は8月22日(金)、18時の予定です。
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