長澤さんが何を考えているのかサッパリ分からない。真由の思考も理解不能だ。
「あのー」
「あ、はい。何でしょうか?」
「このシャツの柄違いってあるかなぁ?」
「はい、ございます。こちらになります」
この男性客は常連さんで、よく声を掛けられる。前に友達と来た時には、『南』と呼ばれていた。それが苗字か名前か不明だけど、見た目は栗色の髪のチャラい感じの人で、俊雄さんとは正反対の人種に見える。だからどうって事はないけど、モテそうではある。
「あ、これこれ。このデザインって良いと思わない?」
「はい、お似合いだと思います」
「じゃあ、貰おうかな」
「ありがとうございます」
レジで服を袋に入れていると、亜紀ちゃんって呼んで良い?と訊かれた。名前はネームプレートを見れば分かるけど、いきなり『亜紀ちゃん』はどうだろうか。
「いつもさ、『あのー』とか『おねーさん』って言ってるけど、もう俺って常連だし、結構投資してるし、『亜紀ちゃん』って呼ぶ権利あると思うんだよね。あ、俺は高岡南。南君って呼んでくれると嬉しいな」
満面の笑顔で言われ、断りにくくなってしまった。でも、お客様に『南君』はNGだと思うから、高岡様、と呼んでみた。
「ちが~う。もっとフランクに『南君』って呼んでよ」
「お客様に対してそのような呼び方はできかねます」
「いーじゃん。お客様のご要望ならお応えして」
いつの間にか長澤さんが間に入って来て、私にそう諭した。
「やったー! よろしくね! 亜紀ちゃん!」
「……南……君。お買い上げありがとうございました」
気恥ずかしい思いで口にすると、南君の顔がみるみる喜びで満ちていった。お客様との距離の取り方って難しいな、とそう思った。
土曜日の勤務を終え、アパートに帰り着き、スマホをチェックするも、何も俊雄さんからの連絡はなかった。
時刻が二十一時を回ったので、痺れを切らして『どうだった?』とLINEを送った。流石に俊雄さんのお見合いが終わっていると思ったからだ。でも、何も返信がない。
……もしかして、まだ例の悠希さんと会ってるの? お見合いは終わっていないの?
「あー、もー!」
スマホをベッドの上に投げ、私自身もベッドに横になり、電気を消した。でも、イラつきがあるのか、なかなか睡魔は訪れず、スマホに視線が行ってしまう。
そして、結局朝を迎えてしまった。
「うー、頭がクラクラする……」
四時からようやく眠る事ができたけど、二時間しか眠れずに思考が働かない。それでも今日も仕事だ。顔を洗い、軽く朝食を摂る。気を抜くと、ボーっとしてしまうので、気を引き締めて職場である『JAM』へと向かった。