「褒めても何も出ませんよ! あ、ホースから水は出てるか。水しか出ませんよ!」
桜井先生が温柔な表情を浮かべているうちにこの場をやり過ごしたいのに、あかりは暴走している。頼むから落ち着いてほしい。
「何意味不明なこと言ってんの。バカなん?」
「ちょっと! いきなり失礼千万キャノン砲打ってこないでよね!」
火に油だったらしい。言葉選択を誤った僕のミスだ。もうこれは失礼を詫びるしかないと判断した時、桜井先生が無邪気な笑い声を辺りに響かせた。
「わははっ! 二人は本当に仲がいいんだね。素晴らしいことだよ。君たちのような素敵な子に世話してもらって、花たちも幸せで毎日小躍りしているだろうね」 笑顔を浮かべた桜井先生の顔はさらに柔和になった。それに比例して僕の警戒心も薄くなり、気になっていたことを思い切って聞いた。
「桜井先生は、なんでそんなに花がお好きなんですか? この花たちは先生が知り合いからたくさん仕入れていると聞きました。昔は花の世話を一人でしていたこともです。ただ好きなだけでそこまでできるのが、なんだか不思議だなと思いまして」
桜井先生は少し間を空けて、花壇の方へ視線を向けたまま、真後ろのガーデンベンチに座った。
「単純な理由だよ。私の弟が花好きでね。その熱意に感化されて私も好きになったんだ。花を校内に植え始めてから、昼休みや放課後に花々を見て、笑顔で談笑する生徒たちの姿をよく見かけてね。これだ!って思ったんだ。花はみんなの心の触れ合いを滑らかにする効果があるんだってね。
そこからは定期的に花を仕入れては植えていったんだ。もちろん校長先生には許可をもらってね! 元々大安高校の校内は手付かずの草地が多くあったからね。整えて自作の花壇を作っていったら、こんなに多くなってしまったってわけなんだ。
このベンチに座ってみんなの笑顔や真剣な顔を見るのがまた大好きなんだ。自分で手入れができなくなるまで花も花壇も増やしてしまって、園芸委員の子たちには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど」
花々に眺め入る桜井先生の目色は、とても穏やかだった。先ほどまでの威厳は消えていて、町の公園のベンチに座って若者を見守る好々爺にしか見えなかった。
次回更新は8月5日(火)、21時の予定です。