【前回の記事を読む】「担任の先生」の記憶に、体が震えだした。支えられながらベンチに座る。ケースから抗不安薬を取り出して、ココアでグッと飲んだ。
エゾギク
公然の目に晒される家の玄関や各施設の入り口は、人の思いや個性が色濃く表れるものだけれど、大安高校のその場所には、撫子の花が鎮座している。
校門近くは一日を通して日当たりがよく、撫子に適した場所だからだろうと、あかりは言っていた。
凛とした立ち姿の中に、愛(め)でたくなるような愛らしさが共存している。昔から撫子の花を見ると、好奇の視線を向けずにはいられなかった。そんな僕だからかもしれないけれど、撫子の花は大安高校にとって大きな存在である気がしてならなかった。
そしてもう一つ、答えを求めたいことがある。撫子の花を見ると、なぜかあかりの姿が脳内にクリアに現れる。普段は元気いっぱい。気が強く凛とすら感じる姿勢の中に、時折もの寂しげで弱々しい表情を見せる彼女のイメージが、撫子に重なるからだろうか。それだけではない何かが、撫子の花にはある気がした。
そしてあかりの姿が浮かぶ度に、ピンク色の撫子の花言葉という文字が、頭の中で綴られる。
「颯斗くん! ねえ颯斗くんってば!」
撫子にくっついた僕の目と意識は、あかりの声の侵入を許さなかった。「ちょっと……。は、や、と、くん?」
背後から意識外の攻撃に襲われる。あかりに頬をつままれ、僕は我に返った。
「いったっ! あかり? なにすんだよ急に。ほっぺつねるなよな」
「何言ってんの! 颯斗くんがいくら話しかけても気づかないからでしょ! ああ失礼しちゃう。私より撫子の方が興味ございますか? ああそうですか。機嫌が悪くなりました私は」
神様、目の前の日本女性を、どうか将来は撫子のように凛としておしとやかな、そして愛らしい女性にしてあげてください。撫子さん。先ほどあなたのような美しい花と、こんな騒がしい女性を一緒にしてすみません。心から謝罪させてください。そんな僕の心中の想念を嘲笑うかのように、あかりは透き通った声を辺りに響かせる。
「ちょっと聞いてる? ああいやだいやだ! こんなに麗しい女性が目の前にいるっていうのに、本当に失礼しちゃう!」
絶対に麗しいという言葉の意味を知らないと思うが、実に言い得て妙な表現に少々腹が立った。
「ごめんごめん。ぼーっとしてただけだって」
わざとらしく膨れっ面をして、柔和に睨みつけるあかりの姿から、根っからの良い子であることがわかる。
「ふんっ、いいよ、またこの後唐揚げおごってもらうから。約束ね! で、また撫子に見惚れてたの?」