【前回の記事を読む】「ああそうですか。機嫌が悪くなりました私は」背後から意識外の攻撃に襲われる。頬をつままれ、後ろを振り返ると…

エゾギク

サッカー部員の彼女への懸想が撃墜された後、早速僕たちは作業に取りかかった。大きめの花壇にはあかりがホースを使って水やりをし、僕は小さめの花壇やプランターに霧吹きで水やりをしていく。花弁や花柱を伝う雫は、瑞々しく透き通っていた。

「水をもらった花って、赤ちゃんのたまご肌みたいにツヤツヤな感じになるよね」

「え! なに颯斗くん! そんな風に感じる心があるんだね」

甚だしく失礼な物言いでびっくりした。けれど、あかりがなぜか嬉しさ満点の笑みを浮かべていることも不思議で、感情が錯雑とし、瞬時に言い返すことができなかった。

「あ、怒った? ごめんごめん! 颯斗くん、我は何も感じないでござる!って顔いつもしてるからさ、驚いちゃって」

「ごめんごめんの後が、全く謝罪する気皆無なのは俺の気のせい?」

「あはは! 気のせい気のせい!」

水やりも終盤に差しかかってきた時、コツン、コツンと、革靴のヒールの地面に当たる音おののが、背後からゆっくり近づいてきた。雰囲気からか、自分の体が戦慄いているように感じる。

その戦慄きの理由は、すぐにベールを脱いだ。

「小花くん、矢崎くん、こんにちは。いつもありがとうね」

その声により恐れが現前して、さらに緊張したのか、僕の体中に冷や汗が迸る。振り返ると、予想通り桜井副校長が立っていた。ただ入学式の時とは異なり、温柔な微笑をその端正な顔に湛え、僕たちを見つめている。

「あ! 桜井先生! 任務はもうすぐ完了しそうです!」

僕とは違って、彼女のお調子者ぶりは桜井先生の前でも崩れないらしい。先生全員に対してのテンションが、とにかく高いけれど。

「お勤めご苦労である。小花くんにはいつも笑顔をもらってるよ。本当にありがとう」

桜井先生は厳然たる雰囲気を放ちながら、あかりのノリに乗じてユーモアを披露する。雰囲気とかけ離れた言動はやめてほしい。こちらの心がとても混乱する。