「うん。昔からなぜかわかんないけど、撫子にはすごい興味が惹きつけられるっていうか。変な感じがするんだよね」
「確かに、本当に綺麗だよね」
さっきまでの元気から転じて、あかりは静かに屈んで、心なしか微笑を湛えて撫子に見入っていた。相変わらず態度が急変する。それも彼女の個性と理解している。変な人とは思うけれど。
少し前に校門で美術部に勧誘された時、あかりは僕を助けてくれた。正直、情けなくて申し訳なかった。でもその時から、安心させてくれたあの笑顔を見た時から、あかりがよく視界に入る。それはなぜなのか、あまり深追いしたくなかった。
「ん? 私の顔になんかついてる?」
「あ、いや撫子って秋のイメージだったけど、春にも咲くんだなあって」
「秋の七草の一つだしね。でも四季咲きの品種もあるらしいし、春から秋にかけてが開花時期って聞いたことある。そもそも、撫子は基本的に丈夫で育てやすい花だから、なんだか一年中咲いてるイメージだよね」
彼女の無邪気な眼差しに応えるように、撫子は微風にたゆたう。「さすが花屋見習い。よく知ってるね」
「あははっ! このくらいはネットで調べればすぐにわかるし、全然だよ。よし、じゃあ始めよっか!」
あかりは慣れた手つきで、道具を周りに準備していく。
「そうだね。今日の俺たちの当番は、校舎裏の花壇の水やりと掃除だよね」
あかりは左腕に懸けていた作業用エプロンを着て、敏活に軍手や園芸用品をポケットに入れている。
「うん! ささっと済ませよう! なんてったって、帰りは颯斗くんにお詫び唐揚げをしてもらわなきゃだからね」
「そんな固有名詞、この世に存在しないと思うけど。まあいいや。とにかく早く済ませよう」
校舎裏は半日陰で、サマーミストやコットンキャンディなど、比較的丈夫な花が花壇に植えられている。側には平均的なサイズのグラウンドを控え、灰白色の階段下ではサッカー部が準備運動を行っている。
グラウンドの半面では既にソフトボール部が練習を始めていて、歯切れの良い掛け声で気合の音色を響かせている。
あかりの存在に気づいたサッカー部の数人が彼女に声をかけていたが、持ち前の明るい挨拶で返しつつ、放課後のお誘いは華麗に断っていた。良し悪しは脇に置き、彼女のこういった率直な言動は見習いたい。
次回更新は8月4日(月)、21時の予定です。