スパルタ軍は、民主派の領袖イスメニアスを捕縛すると身柄をスパルタ本国に送り、裁判なしで処刑した。その他の民主派の面々はスパルタ軍の捕縛の手を逃れ、アテネを目ざした。民主派の中で最も若いペロピダスは、このとき二十八歳。無念の思いに身も心も張り裂けそうだったが、再起を期し、同志とともにアテネに亡命したのであった。
アテネは、テーバイからの亡命者を快く迎え入れてくれた。というのも、かつてペロポネソス戦争に敗北したアテネが、スパルタの後ろ盾を得た「三十人僭主」の圧政下に置かれていたとき、弾圧されていたアテネの民主派を匿(かくま)い、スパルタの魔の手から庇護したのが、テーバイだったからだ。
テーバイの民主派はこうして命からがらアテネに逃れたが、故国にはスパルタ人の総監が居座り、カドメイアにも千五百人のスパルタ兵が駐留し、スパルタの厳しい占領体制のもとに置かれることになった。
アテネに逃れたテーバイの亡命者たちも、安穏と亡命生活を送ってはいられなかった。テーバイの寡頭派の指令を受けた刺客がアテネに送り込まれてきて、民主派の領袖アンドロクレイダスを暗殺したからだ。
テーバイの亡命者たちの心からは、次第に「故国テーバイをスパルタ軍から解放する」という覇気も活力も失われてゆく。だが、亡命者たちの中で最も若く、最も義侠心に溢れた青年ペロピダスは決して志(こころざし)を捨てなかった。
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