【前回記事を読む】顔より大きな三角形の一切れ、真っ赤な実と皮の緑色が夏そのものだった――思い出すのは夏の景色。縁側で祖母と食べた西瓜の冷たさ
風の部 霧は、アンダンテで流れ行く
第一章
ひろしの父は、地元の高校を出てから、土木関係の工務店に就職していた。その工務店で事務員をしていたのが、短大卒の母だった。
なんとはなしに、お互いに気になり始めた頃、工務店の社長夫人に気づかれ、そのまま結婚を勧められて「仲人は俺がやってやる」という社長の一言で、気づいたら結婚することになっていた。
式は父の実家で挙行された。その日は晴天で、文金高島田に結った花嫁はタクシーで花婿の家に向かい、実家の少し近くで降りて、近所へのお披露目をしながら歩いた。
参加者の行列では、先頭の人が風呂敷に小餅を入れて「ヨメイリヨォー」と叫びながら小餅を左右に撒くと、近所の子供たちが餅を奪い合った。
宴会は叔父の「高砂や」で始まり、夜遅くまで続いた。
二人はその後、長男ひろしと長女圭子の一男一女をもうけ、平凡な家庭を築いていた。花嫁姿の母と神妙な顔をした紋付き羽織袴の父の結婚式の白黒写真が家にあり、ひろしはこの写真を見るのが好きだった。
ひろしが小学校に入学した頃から、父の実家の村の秋祭りに毎年連れていってもらっていて、孫と会えるのが楽しみだったお爺ちゃんは、「おう。よう来た、よう来た!」と迎えてくれた。
夕刻、野良仕事を終えて庭先で焚き火をして、こうりゃんを焼いてくれる。
お爺ちゃんはとうもろこしのことを「こうりゃん」と呼んでいた。こうりゃんを焼いて刷毛で醤油を塗り、横向きにしてハーモニカを吹くように食べることをも教えてくれた。小さなひろしにとっては大きすぎるこうりゃんを、「かじれるだけかじりゃええからな」と、お爺ちゃんは笑いながら言ってくれた。その時は、いつも横に一升瓶を置いて茶碗酒を飲んでいて、少し酔っていた。