「…まあ、俺もそれなりに楽しかったのは本当だ。たまにはおままごとも悪くなかったぜ、長くは、無理だけどな。あばよ」

ドアが閉じ、ロックがかかり、もう会うことはないとハッキリしたことで、やっと紫は息をつけた。

「ふう…」

ぐったりと枕に身体を預けると、紫はため息をついた。…そこまでショックだったわけでも、落ち込んでいるわけでもない。チェックアウトまでまだ少しある。ギリギリまでのんびりしよう。冷蔵庫からコーヒーを取り出した。喉がカラカラだ。

新しい下着とネイル代だけで済んで良かった。無職の自分には痛くないわけではないが、新しい職場が決まったことが救いだ。紫は汗をかいている自分に気づいた。

「やれやれ…」

何故か割と冷静だった。そうなのだ。本当に、咲元の言った通りなのだ。紫は苦笑いした。

「最後は最低だったけど…」

そう、悪くない体験を、させてもらったんだ。

次回更新は8月8日(金)、11時の予定です。

 

👉『冬隣』連載記事一覧はこちら

【あなたはサレ妻? それともサレ夫?】「熟年×不倫」をテーマにした小説5選

【戦争体験談まとめ】原爆落下の瞬間を見た少年など、4人の戦争体験者の話を紹介