ハルはそんな性根の座った人だった。結婚して十五年があっという間に過ぎた。大勢いた小姑たちも就職したり、結婚したりとすでに独り立ち、家を出た。

姑も鬼籍に入り、ハル夫婦のほかには末の弟・渉が事故で足を骨折し、養生がてら畑を手伝ってくれているだけ。清治はもうすぐ高校生になる。最近は後継者の自覚を現し、「俺に任せて、俺が決める」の言葉が増えてきた。

しかし、近所では離農する農家が後を絶たない。人手は減り、離農する農家の土地を買い取るから耕作面積は増える。

トラクターなどによる機械化は時間の問題だった。峯司も老馬を抱えていたが、今年を最後にトラクターに変える心づもりをしている。

今日は秋蒔き小麦の畑起こし。老馬を使いプラウで晴れ間のあるうちに畑起こしを済ませたい。しかし、峯司は昨夜、部落の会合があり、役員も引き受けていた。

飲めない酒を飲み、二日酔い。頭を抱えて寝ている。最近余裕が出てきたのか、やたらと飲み会が増えた。

「ハルさん気をつけな。峯司さん飲み屋の女将と仲良く歩いているとこ見ちゃったから」

近所のお節介なおばさんが通りすがりに意味深に忠告する。

「腹塩梅 (はらあんばい)が悪い」

峯司が酔いつぶれ、脱ぎ捨ておいた背広を乱暴にハンガーにかけてきた。峯司を信用はしている。が、いままで真面目に生きてきた分、たまには羽目を外したい年齢なのだろうか。話を聞いていた渉がなぐさめる。

「女房妬くほど亭主モテもせず。兄貴には姉さんしか見えていないよ」

ハルは笑って応じたが、そんな渉の足はまだ本調子ではない。畑起こしはハル自身がやるしかないと判断した。