3 熱波
三田③ 2013年
あれは8月の中旬だったか、私は会社に行かなくなり、
夜な夜なヒデジの店で現実逃避し、数年前のように酒を浴びていた。
髭も剃らずに、抜け殻になった私は、
ただただ目の前のレー●ンブ●イを喉に流し込む。
ヒデジの店でバイトとして入ってきた、ケイコがため息をつきながら愚痴を溢している。
「ヒデジまた消えたよー、ケンボー手伝ってぇ」
ヒデジはケイコがアルバイトに入ってきてから、店を空ける日が増えている。
ケイコに店を任せておいて、同じ雑居ビルの4階の飲み屋で飲んでいるのが、お決まりのパターンとなっていた。
一応飲み屋でのバイト経験があった私は、
ビールを注ぎ、簡単な酒なら作れるレベルはあった。
客として飲みに来ているのにもかかわらず、
気が付けばカウンター内で作業していることもしばしば。
動かなくなってきた右手で上手にグラスを支えながら左手でビールやらマドラーを回す。
初めて会う方には左利きなんですね、なんて言われても説明するのが、めんどくさいので両利きと答える。
女性客に「天才ですね」と言われることに、変な快感を覚えて鼻の下を伸ばすこともあった。
混み出すと、私がヒデジに電話をし、店に呼び戻す。
渋々戻ってきたヒデジはオーダーされた酒を作り、
場合によっては、カクテルを作るためにシェーカーだって回している。
ほとぼりが冷めたところで、いつの間にか、いなくなり4階で飲んでいる。
学年が私の一つ上のケイコと仲良くなるのも自然なことだ。
彼女はダンスの講師をしていて、今まででの一番の思い出は、
ブラジルでサンバカーニバルに参加したことだと教えてくれた。
私にブラジルに行ってみて欲しいと話すことがある度に、
「いつか一緒にブラジル行こうよ」と、社交辞令のように誘ってくる。
この日もヒデジはいつの間にか店から姿を消し、私とケイコが店番をしていた。