店先に並ぶ飴や菓子などを口に運びながら、時が過ぎるのを忘れて夢中で歩き回る。気がつけば早くも陽は西に傾き、混雑も瞬く間に減って境内の人影は一人、二人と、まるで引き潮のように消えて行く。

子供達が指折り数えて待っていた祭りは瞬く間に終わりを告げ、静まり返った境内にそっと忍び寄る夕闇。

あたりを見回せば、先刻まで一緒だった仲間の子供達もいつの間にかどこかに消えてしまい、残ったのは人々の残したごみの山と屋台の後始末をする露天商の人達が数人。

境内はいつもの静けさだけが残った。だが、子供達の心は早くも次にやって来る祭りへと飛んでゆくのであった。

この地方は、聖天様の春の大祭が終わると、野も山も一斉にその緑を増し、近在の農家ではどの家でも養蚕の準備が始まる。

家の中で空いている場所はすべて占領されて、家人の寝る場所もないほどお蚕で一杯になる。

子供達の寝ている枕元で、ボソボソと音をさせて桑の葉を食べるお蚕達。その音がうるさくて一晩中眠ることができない。

ようやく音にも慣れた頃には、お蚕は回転まぶしという器具の中に入り、白い糸を吐きながら繭を作り始める。

できた繭をごみや糸くずなどを取り除く器具にかけて出荷所に運び、納める。養蚕は農家にとって大切な収入源であり、どの家でもたくさんのお蚕を飼育する。

 

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