「いたっ、何すんだよ」
「あんた、あの子のことが好きなんでしょ」
「いや、そんなんじゃないよ」
「そうかね。私の見立てじゃ、あの子の方もあんたのこと満更じゃないね」
「えっ?」
「ほうら、尻尾を出した」
「ちょっと母さん」
二人が小競り合いをしている間にエレベーターは一階に着き、扉が開いた。正面玄関からスーツ姿の金清がこちらへやってくるのが見えた。さすがに疲れ切った表情をしていた。
「金清さん、もういいんですか?」
「今朝、経子の遺体が引き上げられてね。経子も梨杏も司法解剖に回って、遺体が帰ってくるのに時間がかかるから葬儀はだいぶ先になりそうだ。こっちもそれまでに早く病気を治して退院しないといけないからね。海智君、君には随分世話になったね」
「いえ、僕は何も」
「退院おめでとう。じゃあ元気で」
金清は海智の肩に手を置いた。
「金清さんも」
「ああ」
エレベーターへ向かう金清の後ろ姿は随分と小さく弱々しく見えた。海智は何とも表現しがたい切ない感情が胸の奥から込み上げてくるのを感じた。
金清は二人の愛する家族を一度に失った。しかし、経子は世間から殺人犯として非難される身である。彼自身もその責任を感じているだろう。短い間であったが仲間と思っていた人の辛い思いが彼には他人事と思えなかった。