彼の吐き出す煙を浴びながら、井原はドライバーに、

「ところでムッシュ・ハリールはどんな経歴の人なのか教えてくれないか」と聞いた。ドライバーは、

「彼はエンジニアだ。プラント・エンジニアリングを専攻したらしい。オランに家族がいる。彼の父親はすごい人だぞ。独立戦争の時のFLN(民族解放戦線)の幹部で、アルジェ市でのフランスとの市街戦で先頭に立って戦い戦死した。国の独立に体を張った人だ」と、誇らしげに語った。

昼食休憩ののち、再び砂漠の黒いダイヤではなく黒いタイヤを求めてあてどもなく動く。

あんなにたっぷりあった水が大分少なくなってきた。水の大切さをあらためて知る。

陽が西のかなたに落ちてきた。

「十本見つかった。内四本がメルセデストラック用のサハラXだけど、やはり死に様は同じたい。さて今日はそろそろ引き上げようか」そう言う加藤の顔が赤く染まっている。

大きな火の玉のような太陽が砂漠の彼方に厳かにゆっくりと沈んでいく。扇の骨のように広がった光が青い空に突き刺さっている。

横にいる井原も扇を連想したのか、

「あの扇の要のところにはモロッコ、モーリタニアがあるんだよなあ。『ここは地の果て アルジェリア』と歌にあるが地の果てはアルジェリアではなくあっちたい」と、沈みゆく太陽をまぶしそうに指さしながら言った。

宿舎に戻った頃には急激に気温が下がり、しのぎやすくなった。食事の後、その夜も野外映画を楽しんだ。

「確かに楽しみはこれしかなか」と井原が言った。

前日と同様のアメリカ映画であった。昔はフランス映画主体だっただろうが、今は大統領の「とにかくフランスとは縁を切る」という方針が娯楽映画にも及んでいるらしい。