【前回の記事を読む】加藤と井原が二台分のタイヤ二十本をくまなく点検した結果、ほとんどの問題をクリア。しかし合格するには走行距離がまだ足りず…

八、 砂漠の映画館

「トラックパーキングの調査は問題ない。明日明後日の使用済みタイヤの調査だが、ワークショップの脇に何本かは棄ててあるかも知れないが特定の廃棄場所はない。ほとんどのトラックドライバーは砂漠の中に棄ててくるようだ。広いサハラ砂漠だから棄てても邪魔にはならない」

そう言うハリールに、井原は加藤の意向を伝えた。

「砂漠に棄ててあるタイヤを一本一本見つけて、その死に様を見たいのです。効率は悪いですがそれでお願いします」

ハリールは腕を組んでじっと考えていた。そして、

「わかった。私は付き合えないが、明日の七時から明後日の午前中まで車と運転手を出そう。明後日の午後は私のオフィスでラップアップのミーティングをやる。それから空港に行けば良い」と言った。二人は、

「ありがとうございます」と、丁重に頭を下げた。

トラックパーキングに戻ると、テストタイヤが装着されている二台は既にいなかった。

そこに停まっているトラック五台のタイヤを点検した。

全てフランスのフランソワタイヤの砂漠用〈サハラX〉だ。旧宗主国フランスの忘れ物か、フランソワタイヤが他に類を見ない高品質だからか? ビード回りに割れ、サイド部に傷が見られたが、致命傷には至っていない。加藤は独り言のように言った。

「思った通りだが、これらはまだ生きているタイヤだ。使い終わって棄てられたタイヤの死に様を見なければ何とも言えない。どうやって死んでいったかを知るのは、それがどう生きたかを知ることにもなる」

ワークショップの裏にまわってみると、ハリールの言った通り、使用済みタイヤが二本無造作に放置されていた。二本ともやはりフランソワのサハラXだ。ビード回りに亀裂が入っているが、溝はほとんどなく完全摩耗に近い。つまり寿命末期まで働き続けていた様子が見てとれる。人間で言えば老衰で大往生ということだ。