今にも崖から落ちそうなほどの不安が迫ってきて、なにもしようとしない自分に腹を立てていた。
「ナギサ、どこいったの?」
そう呟(つぶ)いた時、
「ごめん、待った?」
数メートル先、ナギサの姿が見えて、深いため息が出た。見たところ、ナギサには異変も怪我もなにもない。少し心配しすぎたな、と数分前までの自分に呆れた。
(まぁ、なにもなくてよかったな)
「あともう一時間だ。おしゃべりでもして暇をつぶそうか」
「……ずっと気になってたんだけどさ」
「どうしたの?」
あと、もう一時間。
そのもう一時間ってなに?
あと一時間したら、なにかあるの? ねぇ、ナギサ。
「なんでも、ないんだよね?」
自分でも聞こえないような、震えた声を喉からひねり出した。さっきまでの胸騒ぎが的中したら、「なんでもない」という言葉が嘘だったら。
そんな、「もしかしたら」が怖かった。
自分は少なくともナギサと十年は一緒にいるのに、ナギサのことをなにも知らない。
なにも知らないから、ナギサの考えていることがわからない。
「なんでもないよ。大丈夫」
微笑むナギサを、ティーナはただ、見つめることしかできなかった。
これ以上考えても仕方ない。そう思考を切り替えて笑顔を作った。
「じゃあさ、またしりとりやろ!」
「……いや、昔話をしようか」
ナギサはティーナの顔を見ると、まるでおとぎ話のように話を始めた。
次回更新は6月17日(火)、12時の予定です。
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