【前回の記事を読む】旅先の朝食会場で男性が話しかけてきた。―彼はたった今、会場で彼女とケンカして一人取り残されたばかりだ。なのに私に微笑みかけ…

冬隣

「観光ですか?」

「ええ…。まあ、昨日はたくさん歩いたので…。」

答えながら気になった。

「さっきの人、いいんですか?」

他の客はほとんどいなくなっていた。話を聞かれる心配はなさそうだ。

「ああ、いいんですよ。」

男性ははにかみながら続けた。言いたかったようだ。

「何、お恥ずかしい話ですが、実は元々別れる予定で、最後にとこの旅行にきたんです。まあその、あまり構ってやれなくて。いい彼氏じゃなかったのは認めます。それで、せめて思い出にとね。あまりいい思い出がないからって。それなのにやっぱり、とか言い出して。なんで今更?ってなって、断ったら怒っちゃって。」

なるほど。なんとなく分かる。男性はさも自分は悪くないと言いたげだが、女性としては、この旅行で離れがたい気持ちになって、ひき止めて欲しかったわけだ。

紫は愛想笑いを浮かべた。

「まあ、そうでしたか。」

言葉少なに答えると、食事の残りを勢いよく食べ、さっさと席を立とうと考えた。余計なことは言うまい。他に年の近い一人客がいないから私に話しかけているだけなんだ。つい彼女のことを言いたくて、聞いて貰えると思っただけなんだ。

「明日は帰るんですけど、今日暇になっちゃったな。」

まだ話したいらしい。

「これからどこに?」