【前回記事を読む】彼はやはり隣の部屋だった。つい昨夜、あの愛し合う声がした部屋…なぜ私はそんな男からの誘いを断らなかったのだろう
冬隣
「ここに行く?」
ガイドブックを手に、二人はノリ良く観光に周った。男性とデートするのは何年振りだろうか。いや、デートではないが。
海岸らしくシーフードをたらふく食べると、二人はお土産を見に移動した。彼は会社に買って行くと言った。紫は近々会う友人と、一応実家の家族に郵送しようと思った。
「無職だとお土産も少なく済むもんなのね」
「まあそうかも。僕も一人暮らしだから、そもそも旅行行くとか言わないからなあ。あ、でも僕も送ろうかな、たまには」
「それがいいわ」
咲元は浦安に住んでいるらしかった。紫は横浜、偶然でも会うこともないだろう。
「田舎はどこ?」
「金沢だよ、紫さんは?」
「同じ神奈川県内だけど、横浜からちょっと遠いの、山のほう」
「ああ、丹沢とか?」
「そう、その辺」
曖昧に濁して答えた。
「僕もたまに山に行くよ。車だけど、緑に囲まれるのはいいよね」
「そうよね、大山には鹿がいるのよ。私は運転できないから、田舎は不便で。金沢もいいとこよね、歴史があって。兼六園行ったことあるわ」
「うん、寒いけどね」
カフェでずんだ餅のデザートとコーヒーを味わい、帰路についた。夕飯には少し早かった。
ホテルに戻って少し自室で休むことになった。
「じゃあ、またあとで」
夕飯も一緒に食べるのが当たり前のようにそう言うと、咲元は隣の部屋に消えた。紫も部屋に入るとお土産を整理し、すっかり汗をかいたシャツを着替えた。すると隣から何やら話し声が聞こえてきた。
え、まさか…戻って来たとか? 思わず壁に耳をつけた。しかし内容までは聞こえないし、どうやら電話のようだ。
紫は早々に壁から離れてベッドに横たわると、ちょっと興奮している自分を恥じた。
こんな風に、思いがけず気の合う男性と過ごせたことはラッキーだったが、ただそれだけだ。あくまで友達感覚なんだ、あまりのぼせてはいけない。
だって彼からもそんな空気は全く感じられないし、自分はあまりにそういうことから遠ざかった生活をしていたから、そして旅先という非日常だから、お互い一人だから、ちょっと楽しんで、それで終わりなんだ。
なら、あと夕飯だけ、今日一日だけ楽しもう。そう思った。だって咲元は明日帰るのだ。紫はもう一日いる予定だった。あと数時間だけ、彼の連れは私だ。