一時間ほどしてドアがノックされた。二人はホテルのレストランへ向かった。昼は和食だったので洋食にとなった。
「紫さん何がいい?」
「ハンバーグステーキ食べたいかな」
「いいね。紫さんのよく食べるとこ、美味しそうに食べるとこ、気持ちいいよ」
少しさっきの電話が気になった。でも彼女とは限らない、仕事かもしれないし、聞き耳を立てていると思われるのも嫌だから、聞くわけにもいかない。
「明日、何時に帰るの?」
「10時の新幹線だよ、今日はありがとう。紫さんのおかげでこの旅行が楽しめた」
「確かに、あのままじゃ台無しだったかもね」
「全く、仙台が嫌なイメージに終わるところだったよ。一杯どう?」
二人は笑い、ワインを飲んだ。あまり酒は得意ではないが雰囲気を壊したくなかったので、一杯だけ飲んだ。最後まで嫌な空気になることなく、さらりと旅先の出会いを楽しめた。紫はほっとして、部屋の前で別れる時、言った。
「私も楽しかった。お休みなさい」
正直、朝の彼女に対する罪悪感がないわけではなかった。もし自分が彼女の立場なら、フリーになったかならないかの内に他の女に誘いをかけるなんて、何もなかったにしても不誠実だ。そう思う。
咲元はにっこり笑うと、
「良かった、ゆっくり休んで。お休み」
今夜は大浴場に行く気がせず、部屋のシャワーで済ますと紫はベッドで先ほどまでの余韻に浸った。しかし連絡先も交換していなければ、明日の朝約束しているわけでもない。本当に、さっきの挨拶で終わりなんだ。それでいい、楽しかったから。
次の日、前日と同じ8時半頃、紫はバイキングホールへ降りた。咲元も前日と同じテーブルにいた。紫はドクンと胸が波打つのを自覚した。待っていてくれたのだろうか。恋してしまったかも、知れない。
「おはよう、よく休めた?」
実は興奮してあまり眠れなかった。
「ええ、咲元さんは?」
「おかげさまで。歩いたし酒強くないしね。昨日はちょっと飲んじゃったし」
「私も、あまり飲めないから、危ないと思ってシャワーだけにしたの。あ、料理取ってくるね」
まだ胸がドキドキしている。でも彼はあまりゆっくりしている時間はない筈だ。現に足元にはボストンバッグが用意されており、テーブルの皿も空だった。まっすぐ駅へ向かう格好だ。
次回更新は7月11日(金)、11時の予定です。