第一章 知覚センサー、機能不全
初夏の日が暮れる頃、〈Patina〉に常連が集いはじめた。
今夜はカウンターの右隅から、クマくん、ジョージ。L字の角を回って、アッちゃん、その先に双子のYOさんとKeiさんが並ぶ。少し離れた奥の席には、50代前半ぐらい、スーツ姿の男性が飲んでいる。ネイビーはその男性に近い端で、10センチ角のアイスキューブを、黙々と球形に削る。
日替わりのおつまみ三品は、浅蜊と小かぶの炊き合わせ、トラジ(桔梗の根)のキムチ、茂木のビワ。小腹が空けば、タエさんが鶏ガラで出汁をとった温麺も供される。天井吊りのモニターでは、字幕付きの海外ニュースを微音量で流している。いま画面は、幸福度 NO.1 の国であるフィンランドが、伝統に基づいた〈しあわせ〉を学ぶ専門コース(Masterclass of Happiness)を設立する、という報道を映し出していた。
常連たちは、モニターにぼんやりと目をやりながら、助走をはじめるかのように、話の火種を探していく。
次回更新は7月2日(水)、11時の予定です。
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