「別に、怖くないけど。おじさん、昨日も看板の後ろに隠れてたけど、お尻だけ出てて笑った」
少女は目を細め、クスクスと笑う。その様子があまりにも母に似ていて、目の奥が熱くなる。
それに、どこの誰かも分からない二人の男に後を付けられても、怖がらず真っ向から話しかけるなど普通ではない。少女の後を付ける僕たちも普通ではないが。
「大切な人って、おじさんの娘?」
少女に聞かれ、僕たちは顔を見合わせ、同時に頷く。
「まあ、そんなところだ。いつか戻ってくると信じてるんだけどね」と、父が苦笑する。
「誘拐……」
少女はそう呟くと、「きっと戻ってくるよ。元気だして」と、僕たちを励ます。
「うん、ありがとう」 父はそれだけ言うと、少女に背を向けて歩きだした。僕も少女に手を振りながら父の横に並ぶ。父は、今にも泣きだしそうな顔をしている。
「変なおじさんたち、さようなら」
振り返ると、少女は両腕を上げ、満面の笑みで手を振っていた。
第三章 別れと出会い
壮大な土地に飛行機が並んでいた。
特攻機である。
飛行場の端の森の中にある戦闘指揮所に、僕はいた。
細長いテーブルを前に、八人の特攻兵たちが並んで立っていた。特攻兵たちの前には、水盃と煙草が置かれている。
その中に、太郎の姿があった。
僕を庇ってできた傷には、包帯が巻かれている。僕は、水盃を交わす太郎を沈痛な面持ちで見つめていた。
懐には、彼から預かった母親と妹への手紙と、虎刺繍の千人針(女性たちが一枚の布に祈りを込めて縫い玉を付け、お守りにしたもの)が収められている。
「俺はもう逝くのだから必要ない。君が生きて故郷に帰れることを祈って、これを俺だと思って、持っていてくれ」