第一章 蓮華衆(れんげしゅう)

比叡山から琵琶湖に抜ける古道は、杉木立で鬱蒼(うっそう)としていた。早朝の古道は清冽な空気に満ちあふれていた。令月から弥生になったばかりで下草は朝露にしっとりと濡れ、冷気に包まれていた。

古道を一列になって歩く集団がいる。六人ほどの集団は白装束で結袈裟(ゆいげさ)を首に掛け、法螺貝(ほらがい)を下げている。

先頭の老翁の持つ錫杖が(しゃくじょう)地面に触れ、シャンシャンと響いていた。修験者(しゅげんしゃ)の一行のようである。

まっすぐな道に出たところで、集団から一人だけ飛び出した行者がいた。まだ年端もいかない少年と思(おぼ)しきその行者は、勇んで肘を張り早歩きで歩き出した。

「これ、義近(よしちか)! 離れてはいかんぞ!」

先頭の老翁が少年に諭(さと)した。この集団の頭である源三郎(げんざぶろう)がしわがれた声で叫んだ。時折り木立の間から朝日が差し込み、先を歩く少年の被(かぶ)る斑蓋(はんがい)にきらきらと反射した。

「源じい、大丈夫だよ。ずっと山道ばかりで何もありゃしないさ!」

少年は持て余した様子で口を尖(と)がらせ、背負っている細長い桐の箱を左右に揺らした。義近は今年で十一歳になる。

赤子の時に身寄りのなかった義近は、この源三郎に実の父親のように育てられた。義近という名前は古風すぎて好きになれなかったが、源三郎から事あるごとに『おまえは高貴な血筋なんだぞ』といわれ、名前を大事にしろと散々言い聞かせられて育った。

血気盛んな義近は、もっと勇ましい名前で相手が震え上がるような剛毅な名前に憧(あこが)れていた。まだ世間を知らない初心(うぶ)な少年心でもある。

「源三郎様、そろそろ別動隊にしらせを飛ばしましょうか?」

後ろから、頭襟(ときん)をつけた若い行者が耳元でささやいた。

とその時、ポツリポツリと

──雨

が、降り出した。

(おや、通り雨かのう……)

空を見上げるとまぶしい陽光が差し込んで晴天ではあるが、一行の集団のところだけに雨が降ってきた。やがて雨は音を出して降り出し、またたく間にどしゃ降りとなった。源三郎の顔が曇った。

(おかしい。ここだけ雨が降るとは、なんとも奇妙じゃ……)

「は、これは雨ではない! 攻撃されている!」

源三郎が叫んだ瞬間、息もできないほどの横殴りの叢雨(むらさめ)となり、修験の集団は雨の勢いで吹き飛ばされそうになった。

 

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