まだ寒いその日の夜も、1週間の作り置きがてらに、カレーを作っていた。水曜日の夜に作り冷凍し、木曜日の夜に食べ、金曜日土曜日はDJ活動のため外食し、日曜日にまた食べる。なんなら月曜日も食べる。さすがに火曜日くらいは違うものを食べていた気もするが、食に関して理想も興味もない私にとって好都合なメニュー。それが、比較的作り置きができるカレーだった。

私は、いつものようにジャガイモに取りかかろうとしていた。包丁を使うことに恐怖を知らない私は、淡々と乱切りをしていったのだが、突然右手の親指と人差し指の間に熱い感覚を覚え、次第にジンジンと音を立てるかのような違和感を覚え始めた。

その違和感を覚えたまま続けた結果、切り終えたものの、今度は包丁を持っていた右手が包丁から離れなくなり、完全に握ったままの状態となった。

…… 何かおかしい

おもむろに左手で握ったままの右手を包丁から離し、カレー作業を続けた。あの感覚はなんだったんだ。指ってつることあるのか? 二日酔いの影響か? 単なる疲れなのか? そんなことを考えながら、その日はジンジンと鳴り始めた右手のことを考えつつ、寝床に入った。

昔、少年野球チームに所属していた頃、私はジャイアンツの川相に憧れていた。足が特別に速い訳でもなく、バッティングが鋭い訳でもない、しかし自分が犠牲になってでも、味方を塁に進めるバントの名手として、彼に心底惚れていた。取り分け私は守備が上手くはなかったが、バントが好きだった。自分がアウトになっても評価される技だ。

アウトになっても評価されるなんて「美味しいな」と小学生ながら、甘くしたたかな私は率先してバント練習に明け暮れた。来る日も来る日もバント練習。野球中継の際も川相の打席に全神経を尖らせて見つめていた。

「頼む川相バントしてくれ」

今のように動画サイトでバントの極意なんて調べることのできない、94年の夜7時は私のバントの教室だった。そんなバントを半ば崇拝していた私だが、お別れも思いの外早く訪れた。