小柄な割に顔が大きく腕も太い。見るからに強そうだ。できればこんな奴とは喧嘩したくない。背は僕のほうが高いが、腕力がないことは自分でもよく分かっている。
「いや、僕はただの通りすがりで、悲鳴が聞こえて……。あの、とりあえず、その手を離してみませんか」
ここは穏便に、話し合いで解決できないものかと思った。
「いいから、あっち行けよ!」
尚も凄む男にたじろいでいると、女性が男の足を思いっ切り踏んだ。
男の顔が歪み、羽交い締めしていた腕が緩むと、女性はこちらに駆け寄り、僕の背後に付く。思ってもいなかった展開に背筋が凍る。いよいよ男の標的が、僕になってしまった。
小心者のくせに正義感だけは強い自分に腹が立つが、後悔先に立たず、である。逃げようにも、僕の足は強力なボンドで接着されたかのように、一ミリも動かない。
「警察に電話するか、助けを呼んで」
小声で話しかけたが、女性は震える手で僕のコートの裾を掴んで離さない。僕は、今しがた買ってきた大根を手にするのが精一杯だった。
いつの間にか男は、ナイフを手に持っていた。ここまでかと覚悟を決めた時、突然建物の窓が開いた。
細く長い棒が、にゅっと出てきたかと思った瞬間、男の後頭部を殴打した。
男がうめき声をあげて前のめりになると、窓からボサボサ頭の男がモップを持って飛びだしてきた。
真冬だというのに白いタンクトップ姿で、小麦色の肌に、長い前髪の隙間から見える切れ長の鋭い目が、狼男を連想させる。彼は、見た目どおり強かった。
ナイフを手に襲いかかる男をものともせず、あっと言う間にねじ伏せてしまった。
「警察を呼んだから、すぐ来るよ」
狼男は、その風貌には似合わない爽やかな笑顔で白い歯を見せた。警官が来るまで五分もかからなかったが、僕はその間、口を開けたままその場に立ち尽くしていた。
次回更新は6月17日(火)、21時の予定です。
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