休日になると、幼い僕の面倒を見ながら働くふくちゃんの手伝いをしていたが、いつのまにか本業の仕事を辞めて、毎日ここで働くようになった。
大きなホテルのレストランを辞めて下町の喫茶店で働く必要はないと、父は説得を繰り返したが、なっちゃんの決意は固かった。
「沙代子は友達というより、姉妹のように思ってきたの。だから沙代子の家族は私の家族。たとえ血はつながっていなくても、かけがえのない家族を守ることが、私の幸せなの」と、父の忠告を頑として聞き入れなかった。
だが、そのおかげで入学式や卒業式、母親たちが来る授業参観には必ず来てくれた。運動会では、母親と参加する競技にも足腰が弱いふくちゃんに代わり出てくれた。
母のいない真っ暗な家の中に、光を灯してくれた。僕のもう一人の母親と言っても過言ではない。
なっちゃんは僕に気がつくと、満面の笑みで手を振る。それに答えるように、僕も左手を上げ笑顔を見せた。
自宅から徒歩十分ほどのところにある商店街で買い物を済ませると、今にも雨が降りそうな空模様になっている。僕は足早に家路を急いだ。
商店街を抜けた時、女性の悲鳴のような声が聞こえた。立ち止まり、あたりを見回したが、それらしき人の姿は見えない。
首をかしげながら歩きだすと、今度ははっきり、「助けて!」と聞こえる。
声がする路地を覗くと、若い女性が男に羽交い締めにされていた。 ハッと息をのんだ瞬間、体中の筋肉がこわばり、硬直する。顔だけは、なんとか冷静さを保っていた。
「なんだお前、関係ない奴は引っ込んでろ! あっち行けよ!」
男は呼吸が荒く、かなり興奮している。