できればもう関わりたくはなかったが、「決して人を無視してはいけない」という父の教えもあり、立ち止まった。彼が追いつき、僕の肩に手をかけた。

振り向いた瞬間、体が固まった。彼の前世が、落ち武者から立派な侍に変化していた。何が起こったのか、現世の彼の顔から陰りが消え、陽の気で明るい表情になっている。

前世での悪業に向き合い、謝罪したからだろうか。確信のない結論に納得する。

「光くん、本当にありがとう。なんで僕だけ追い回されたのか分からないけど、本気で殺されるかもしれないと思ったよ」

鹿に追い回された挙げ句、意味も分からないまま謝罪させられた彼は、汗まみれだが、爽やかな笑顔を僕に向けた。

「いや、たまたま居合わせただけだから、気にしないで」

僕は素っ気なく答えると、彼に背を向けた。

目立つことを避けてきたせいか、父とふくちゃん以外の人間との接し方が分からない。

だが、彼の前世である侍が、戦場で生き延びるためには仕方のないことだったのかもしれない。そんな気持ちが彼の前世から伝わってきたのだ。

この一件があってから、クラスの皆が話しかけてくるようになり、僕の周囲は賑やかになった。相変わらず口数は少ないが、誰も気にする様子もなく僕に笑顔を向ける。

皆が僕に向けてくれる笑顔に、居心地の良さすら感じていた。 そんなことを考えていると、写真の中の母がクスッと笑いかけてくれたような気がした。

今日は母の命日だ。

次回更新は6月16日(月)、21時の予定です。

 

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