一 声優になるとは、どういうことなのか
まずは、神野慶太(かみのけいた)というマネージャーを紹介しておこう。神野は、この書においては悩める声優達の聞き役であり回答者でもある。
声優業界とは関係ないところにいらっしゃる読者のために一応言っておくと、マネージャーと聞くとタレントに付くいわゆる付き人に近い存在をイメージするかもしれないが、声優業界に付き人は存在しない。マネージャーが仕事の現場に帯同して、身の回りのお世話をするというようなことはない。
声優事務所においてマネージャーとは、営業部の社員のことを指す。
神野慶太は大手声優事務所・赤坂事務所の営業部の部長という立場だ。赤坂事務所は、日本でのテレビアニメ創世期に俳優事務所のマネージャーとして活動していた赤坂晃二郎が立ち上げた、いわゆる声優・ナレーター事務所である。
声優というタレントの実情を多少でも知っている方はすでにご存じかとは思うが、声優は全て完全歩合制である。給料制という事務所は存在しない。アニメーションなどのアフレコと呼ばれるスタジオでの仕事のギャラは、事務所が二割でタレント八割とほぼ決まっている。
そのため一人の声優に一人のマネージャー、一つの仕事に一人のマネージャーが帯同してしまっては会社の利益は出ない。一般芸能タレント事務所のようにもっと事務所の取る割合を上げればよいのではないかと思う方もいるだろう。現にそうしている事務所もあるが、声優のギャラではどうにもやりようがないというのが現状だ。
とにかく声優は一人で現場に行くことが大半。しかも自分の担当マネージャーという存在がいるわけではなく、一つひとつの仕事それぞれに営業担当のマネージャーがいる。
声優というタレントは、その仕事ごと様々なマネージャーと話すことになる。同じような案件でも、担当が違うと全く相反することをアドバイスされたりすることがよくある。若い声優などはどう考えていいかわからなくなるのだ。
これは声優事務所においては難しい問題の一つで、大手声優事務所に所属したのはいいが、このことが原因で声優が悩んでいるという話は絶えない。