【前回の記事を読む】真剣な面もちで、僕に話があるという父。「光、お母さんとは今日でお別れだ」涙ぐむ目を逸らし、話を続けた…

第一章    今生の別れ

二〇〇一年十二月二十四日 

部屋の明かりを消し、燭台をテーブルの真ん中に置いた。暗い闇の中で、温かな光が揺れ動く。

「光、目を閉じて十まで数えたら目を開けてごらん」

僕は言われたとおり瞼を閉じる。これから何が起こるのか分からず、緊張から鼓動が激しくなる。そして十数えたところで、ゆっくりと目を開けた。目の前にいるのは、変わらず父だけだ。

父が無言で僕の横に視線を向ける。その視線に促され、僕は右側に顔を向けた。

「お母さん……」

霧がかかったように薄ぼんやりしていたが、母の姿は確かにそこにあった。嬉しさでいっぱいになり、咄嗟に手を差し伸べたが、母の体に触れることができない。

諦めきれず、抱きつこうとしても母の体をすり抜け倒れてしまう。

「光、お母さんに触れることはできないんだ」

父に言われなくても分かっていた。今、目の前にいる母は、この世の人ではない。一瞬息が止まるほどの衝撃を受けたが、不思議と怖さは感じなかった。

幽霊だろうが何だろうが、目の前で生前と変わらない、優しい笑みを浮かべているのは母なのだから。恋しくてたまらなかった母に、やっと会えたのだ。涙で滲んだ目をこすり、母の姿を目に焼き付けるように、じっと見つめた。

いつも結んでいた長い髪を下ろし、白い着物を身に纏い、きちんと正座している。頭には三角の天冠を付けている。絵本で見た幽霊と同じだと思った。

「今日でお母さんの魂ともお別れだ。零時になったら、お母さんは天国に行くんだ」

落胆する父の声が耳に響く。僕は泣きたいのを我慢しながら問いかけた。

「天国に行ったら、もう会えないの? お母さんの虹色の魂も見えなくなるの?でも、お母さんは戻ってくるんでしょ」

父は伏せた目を上げ、僕と母を交互に見た。