【前回の記事を読む】警察官の春くんが家に来て、母の仏壇に手を合わせた。扉の隙間に耳を澄ますと、「お前に聞きたいことがある」と父が…
第一章 今生の別れ
二〇〇一年十二月二十四日
春くんは少し考える素振りをみせ、「分かった。聞いてみるよ。彼も軽傷だが怪我をしていて、沙代子さんが亡くなったことで相当ショックを受けたみたいだから、時間はかかると思う」と、重いため息を吐いた。
「そうか、そうだよな。ただ、どうしても沙代子を助けようとしてくれた少年に、お礼が言いたくてさ」
父の言葉に春くんは頷き、「お前の気持ちを伝えてみるよ」と、寂しげな笑みを浮かべた。
更井和磨(さらいかずま)が訪ねてきたのは、事件から一ヶ月後のことだった。学生服を着た彼は、玄関先に立つ父と僕に沈痛な面もちで深々と頭を下げた。
十八歳にしては小柄で顔も小さく、制服と体型のサイズが合わず肩幅あたりがやたらゆるく感じられる。
うつろな目で視線を合わせない彼に、「更井くん、来てくれてありがとう。どうぞ上がって」と、父が仏間へ案内した。
彼は仏壇の前で正座すると、線香に火をつけた。その後ろで、僕はあたりを見回した。
つい先ほどまで元気に飛んでいた母の魂が視えないことに気づいたが、最近は僕と父のそばを離れて、どこかへ出かけてしまう。夕方には帰ってきて、気づくとご機嫌な様子でフワフワと揺れているので、気に留めることもなくなっていた。
「お茶でもどうぞ」
ふくちゃんが居間から声をかけると、更井和磨は合わせていた手を離し、立ち上がった。
父と彼が向かい合わせに腰を下ろす。僕は、居間の隅に置いてある二人掛けのソファに横たわり、寝たふりをした。
母が亡くなってから、来客がある度に父は僕を三階の部屋に追いやるので、気になってしょうがなかった。