父は真剣な面もちで、僕に話があると言う。仏壇の前で向かい合わせに座ると、天井の隅にいた母の魂がゆっくりと降りてきて、僕の横で止まった。
僕が母の魂に気をとられていると、父が僕の顔に両手を当てて自分に向ける。
「光、お母さんとは今日でお別れだ」
真剣な眼差しで僕を見つめる。〝別れ〟という言葉に恐怖を感じ、顔が歪む。父は涙ぐむ目を逸らし、話を続けた。
「お母さんの魂は、天国に旅立つんだ」
「天国?」
「そう、天国だ。そこでまた、生まれ変わる準備をしなくちゃいけないんだ」
「もう会えなくなるの?」
目の端に涙がじんわり滲んでくると、父は指で僕の目を拭った。
「絶対とは言えないけど、お母さんが生まれ変わって、また光とお父さんの所に戻ってくると信じてる。お母さんと約束したんだ」
「お母さんと話したの?」
「うん、心の声で話したよ」
「僕もお母さんと話したい」
「うん、最後にお母さんと話をしよう。でも、長くは話せないぞ。時間が経つほど、この世に未練が残って天国に行けなくなるからな」
そう言って父は、仏壇にある金色の燭台を持ってくると、新しい蝋燭を立て火をつけた。
次回更新は6月13日(金)、21時の予定です。
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