きっと僕には聞かせたくない秘密の話をしているのだと思った。どうしても話を聞きたかった僕は、寝たふりをすることにした。
「光」
父が声をかけたが、僕は目を瞑ったまま答えなかった。
「寝てるから、このままにしておきましょ」
ふくちゃんが僕の体に毛布をかけると、父が静かに語りだした。
「君が沙代子を助けようとしてくれたこと、刑事さんから聞いたよ。本当にありがとう」
父がゆっくりと頭を下げると、更井和磨は青白い顔を上げた。
「いえ、僕がもっと大きくて強ければ……。もう少し早くあそこを通っていたら」
彼が前かがみで俯くと同時に、涙がテーブルにこぼれ落ちる。
「君が刑事さんに話してくれたことで、状況は分かってる。君より大きな大人を相手に勇気を出してくれたんだ。本当に感謝してるよ」
父がティッシュを差し出した。
「妻も感謝していると思って、お礼が言いたかったんだ」
更井和磨はティッシュで涙を拭いながら、何度も頷いてみせる。暫く沈黙が続き、先に口を開いたのは更井和磨だった。
「意識を失う前に、達彦さんと光くんの名前を呼んでました」
やっと絞り出したような、小さな声で彼は言った。その瞬間、ふくちゃんが我慢できずに、きつく目を閉じ、うめき声をあげる。
父は真一文字に口を結び、泣きたいのを必死にこらえているようだった。薄目を開けていた僕の目からも涙が湧きだしてきたので、毛布で顔を隠した。
あの事件の日から今まで、何度母の声を聞きたいと思ったことか。母の魂は残ったが、体はなくなり声を聞くこともできない。母の最後の声を聞いた更井和磨が、羨ましくも思えた。
母の死から四十九日目の夜。