要するに新羅の鉄は、周辺の国々の通貨として、市場価値を有していたのである。
しかし寒冷期は、そんな通貨体制を直撃してきた。半島の森林資源は枯渇してきた。
しかし倭国の出雲は、鉄資源の豊富な国だ。樹木の繁茂は無制限に近い。その出雲は近年傲慢さが増して、魏の間接支配から脱しようとする動きが見られる。
今しかない。出雲の鉄をわがものにせよ。東アジアの通貨体制と市場を安定させよ。出雲を叩け。これが魏の意志であった。
これは想像上の政治ストーリーであるが、これまでの知見を総合すると、おそらく当たらずとも遠からず、と思われる。魏の意志に従って、任那の城(ミマキ)から、騎馬民族の大王である崇神がやってきたのである。
そもそもこの筋書きを実行するのに、崇神を支援する立場にある帯方郡(魏)は、これを遂行するだけの余力があったのか。帯方郡の盛衰を見なくてはならない。その盛んな時なら崇神への軍事支援が可能であるが、衰退期にあればその実行すら危うくなる。