後ろから来た人が、道を譲れ、と言ったらどうしよう。

右も左も絶壁だ。逃げ場がない。そこに伏して、自分の上を歩かせる他ない。

屈辱的だ。とても我慢できない。そんな辱めを受けるぐらいなら、いっそのこと、「岬」から身を投じた方がましだ。

そうだ! そうしよう。

息をのむ間もない。松葉は奈落の底へと吸い込まれて行った。

そこは、見渡す限りのお花畑だった。遠くから松葉を呼ぶ声がする。

おーい、と手を振って早く来い、と叫んでいるようだ。

松葉は、一目散に駆け出した。

しかし、足が思うように動かない。もんどりうって倒れて、目が覚めた。

おや? 夢だったか。松葉は、胸に手を当てホッとした。

松葉の気持ちが夢になって現れたのか。

そんなことでは駄目だ! 松葉は自分のひ弱さを思い知った。

聞いたことがあるだろう。死んだつもりでやれば、やれないものは何もない、と。

分かった、そうだ。分かったよ。やるから、やるからと松葉は呟いた。

そして、松葉は自分を奮い立たせるように叫んだ。

「絶対やるぞ。絶対逃げたりなんかしないぞ!」松葉は、覚悟を決めて歩き始めた。

    

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