五浦温泉街を過ぎると岡倉天心が絵筆をとったという六角堂に至る。拝観料200円を払って中に入った。「六角堂って、こんなに小さいの?」と言っている婦人がいた。まさにその通りの印象であった。
六角堂を出て坂道を登ると五浦岬公園になる。ここからは入り江越しに赤い屋根の六角堂が見える。環境庁(現・環境省)の「日本の音風景百選」に選ばれた「五浦海岸の波音」が聴こえてくる。その音は六角堂周辺の断崖と太平洋から打ち寄せる波とがぶつかる音で、時にはやさしく、時には激しく、その時々の自分の心を表しているように聴こえるという。
このあたり鮟鱇(あんこう)料理というのれんの下がる食堂が多い。私の子供の頃にはどこの魚屋でも茹でた鮟鱇の切り身を売っていた。庶民の魚で安かったが子供心には美味しい魚ではなかった。今では高級魚に出世している。昼時になっていたのでそんな食堂の一軒に入ることにしたら、人気のある店とみえて客が行列をつくっている。それほど空腹ではないので通り過ぎることにした。
大津岬灯台では子供たちが遊んでいたが、その先にある場違いのような今風の児童公園には子供は一人もいなかった。
大津岬を大きく巡ると大津漁港だ。ここには観光客は誰もいない。時折、オートバイに乗った地元の人や法事帰りの喪服の集団が通るだけである。静まり返った魚市場の前には魚の干物を並べた露店が一軒、老婦人が椅子に腰掛けて暇そうに海を眺めていた。
国道6号線と並行するようにコンクリートの堤防が延びている。その内側は人が歩けるようになっている。そこは台風などによる高波を防ぐためのテトラポッドが並べられた防波堤である。今日歩いたところには、昔のモノクロ写真で見たような松林の先に広がる自然の砂浜からなる海岸はひとつもなかった。これは予想していたことであるが、残念な気分になったのも事実である。
どうしてこんな島が海岸にぽつんと残ってしまったのだろうと思わずにいられない二ツ島は磯原海岸の名所である。その先には野口雨情の生家(記念館)がある。その裏側を通り抜けると標高21・2mの天妃山(てんぴさん)に行き着く。地形図ではこれでもれっきとした山として認められている。こんなところで山登りができるとは思わなかった。
大北川の河口に沿って国道を行くと、本日の終点とした磯原駅である。いろいろなところの駅が新しくなった。この駅も東京近郊の駅舎のようで、歩く旅人には風情が感じられない。
(2005年2月13日)
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