やがてハルは子どもを授かった。忙しい農家の仕事に追われながら、妊娠してつわりがひどく難儀をした。
「義姉さん、無理するなや」
農業の定時制高校に通う年かさのいった義妹や義弟が、夏場は授業が少なく畑仕事をしながら優しい声をかけてくれるのが救いだった。
畑は時間を待ってくれない。お天気次第。その時期を逸してしまうと収穫は望めない。いまが踏ん張りどき、この山を越さないとと、身をかばいながらも無理をした。
少しくらいの無理なら大丈夫と高をくくっていた。
ほかの人に負けず劣らず働き続けて、夜半に激痛、流産した。翌年も妊娠して、安定期に入る前に再び流産してしまった。二度続けてお腹の子をだめにしてしまい、心身ともに落ち込んだ。陰で嘆く舅姑の話を聞き流そうとしても、不甲斐ないとハルは泣けた。
「俺たち若いんだ。すぐできるよ」峯司がしきりになぐさめてくれる。
そんな辛いことがあった暮らしの中でも、ハルはいま与えられている環境の中で楽しみを見つけるのがとても上手だった。野に咲く花を摘み取り、窓辺に一輪飾り、残りを押し花にした。
山菜を摘むのも楽しみで食卓が潤った。残りは塩漬けにして冬に備えた。北国では漬物は大事な備蓄食品で、長い冬、大根などの野菜を漬けた「おこうこ」はお茶うけの必需品。秋も深まり霜が降りるころには山で野ブドウやこくわが熟し、手作りのワインが貯蔵された。
天候不順で収穫が厳しい年が二年続けて北の大地を襲った。例年の半分くらいしか見込めない作物もあった。そんな中、不思議と峯司の畑の被害は少なく、例年並みの出来まで取り戻していた。
雑穀の相場も上がり、一家にゆとりができた。少しは家族を楽にさせたい。舅から財布を任されるようになった峯司は、家長らしく弟や妹の自立にも、就職や結婚など、金目を惜しまず気持ち良くお金を使った。
そのことにハルは全く不満を持たない。兄弟の多い家庭に育ち、長男の役割を当然と思っていた。ハルは遠い親戚も近くの他人も大事に付き合う。いつ助けてもらうことがあるかわからないから。
三月が過ぎ、また新しい春が訪れ、近所の丘一面に北国独特の背の高い西洋たんぽぽが黄色の絨毯を作っている。ハルはたんぽぽを摘み、花輪を編んで冠を作っていた。二個石を並べて置き、そこにたんぽぽの冠を飾った。手を合わせて祈る。
峯司がハルに気づいて丘に登ってきた。何かを感じたのだろう、峯司も一緒に手を合わせた。
「お腹の子を守ってねって、お願いしたの。たぶん妊娠したと思うから。二人に守護神になってもらいたいでしょう」
「そうか、良かった。大丈夫だ。大事にしよう」
丘の周りには誰もいない。ハルをしっかり抱きしめてやりたい衝動が走った。だが、照れ屋の峯司はそれができない。肩をたたいて手を握りしめ、ハルの目を見つめていた。
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