彼は一ヶ月程前、妻の七回忌を済ませた。娘たちはまだ独り身だが家を離れている。

妻が病気の気配などなく毎日忙しくしていた頃に、彼が会社からの帰路にある商店街の呼び込みで買ってしまった桃を、家族みんなで食べた。妻は、この桃おいしかったと愛おしそうに種を紙に包んでいた。

次衛門氏はすっかり忘れていたが、彼女は暖かい春の日、庭の比較的日の当たる場所にこの種を埋めていた。その桃の種から育った木が彼女の死後、何度か時期になると花を咲かせ、おいしい果実もつける。

彼にとっては不思議なもので、家の中心にいた「おかあさん」という人は失って初めてその存在の大きさを示した。彼がおどおどまごまごしている内に、娘たちはさっさと子供の位置を卒業したように見えた。

今思うと妻がいた時、娘たちのことも何もかも、家のことは妻に任せっぱなしだった為、次衛門氏から娘たちはずっと遠かったように思う。だからといって彼女というクッションなしの今、急に、その距離が縮むはずもなくである。

情けなくも彼はこの悲しみの中で自分に閉じ籠り、自分だけの世界にいるしかなかった。

そんな中、娘たちといったら、もしかしてこれはリアルといわれる「おんな」というものの強さだろうか、彼よりはるかにしっかりしていた。彼女らは自分たちの悲しみにじっと耐え、次衛門氏を見守ってくれていたのだ。

それは、今時間が経って次衛門氏にも見えてきたところなのだが。

この頃になって娘たちが言うには、母親が死んで初めはどうなるかといった父親の様子を見ていたら、自分の悲しみどころではなく、ハラハラし続け、ただ、父親を見ていたという。

そんな中、父は徐々にしっかりとしてきたが、まだまだ心配だった。自分たちは職場の関係ですでに家から出ていたが、この際交代で戻るようにしよう。何しろ全面的に同居すれば、多分、父はわたしたちを頼って、何にもしなくなるのが予想出来る。最悪の場合ボケるかもしれない。彼女たちはあまりにも何にもしないでぼんやりしている父親に戸惑い、考えた。

そして父の性格と今までの状況を見ながら、誰から見ても、父にも自分たちにとっても思い切った辛い選択をしたのだった。

「父さん、何かあったらすぐ来るからね。わたしたち、今まで通り家を出て生活してもいいかしら」と。

 

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